モンスター大戦記ハカイオウ
2020/粘土、兄の絵、兄との会話
exhibition:グループ展「プレイルーム」/ゲンロンカフェ、グループ展「第69回東京藝術大学卒業・修了作品展」/大学美術館


 幼い頃、兄は粘土のついた指先をつかって、安心した微笑みを浮かべながら、ゆっくり僕のほおをさすることがあった。この行為を「シュリュー」というらしい。「シュリュー」をする相手は決まって僕だけで、他の人には絶対にやらなかった。兄はその後かならずその手を使って絵を描き、粘土で何かをつくっていた。「なんで他の人にはシュリューしないの?」と彼に尋ねたら「ほっぺがつめたいから」という決まり台詞があった。

 慌しい生活にちりばめられた出来事の全てが、知らない内に大陸のように繋がって、 人の関係性を浮かび上がらせる。そこには目には見えない“境界”があって、みんな目を向けようとする術を知らないらしい。 言葉だけのコミュニケーションをはかっても、イライラした顔や態度には、兄のような「シュリュー」が封印されてしまう。

 兄が描き進めている絵「モンスター大戦記ハカイオウ」を幼い頃と同じように対話を進めながら、彫塑によって立ち上がらせる。それは僕が無意識的につくり出してしまっているかもしれない兄との“境界”に触れる試みだ。同時に兄の創造している絵の世界を三次元化して、他者が兄の世界を多角的に触れることができるようになる挑戦だ。支援や共作でもない生活の延長にある僕なりの「シュリュー」だ。

 僕のほおには兄の手の感触が沁みこんでいて、たまにくすぐったくなるような、でも安心するあたたかい感覚を覚えている。今度は僕が「シュリュー」をする番だ。